やらせ 2011年8月 6日(土)
姑 息
原発に関して、九州電力、保安員、佐賀県知事などやらせをしたり、やらせを容認し
誘導するような行動が相次いで明るみに出た。
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福島の人がこれほど苦しんでおり、世界中が懸念している原発に対して、自分たちの
都合でよくもこんなことができるもんだ。
原発推進ありきの姑息で卑怯な手段。
いつまでたってもこの国の政治家、官僚、一部企業の隠蔽体質、談合はなくならない。
地位のある大人がこんなズルをしていては、子どもへの教育上もよくない。
完全に国民をバカにし、民主主義を軽視している。
今回のことは氷山の一角で、まだまだ表に出ていないこのようなことはたくさんあると
誰にでも容易に想像できる。
これほどの大震災に直面しても、一向に無くならない悪しき慣習。
これ以上一体なにが起これば、変わるというのか?
もはや期待などせず、絶望しあきらめるしかないのだろうか?
汚染牛 2011年7月18日(月)
放射性セシウム
福島第一原発から約150kmも離れた場所の稲わらから高濃度放射性物質が検出された。
それを餌として食べた肉牛が放射性セシウムに汚染された。
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汚染の疑いのある牛は143頭にも上り、その肉が全国35都道府県に流通されていたことが
判明した。 今後、さらに増える可能性もある。
国は通知し注意を促してはいたが徹底されず、県は牧草は問題ないとの見解もあったそう。
多くの農家は知らずに餌を与えていた。
このままでは食の安全に疑心暗鬼になり、福島産の牛だけにとどまらず、風評被害として
全国の牛肉や、豚肉鶏肉、そして食品全体へ拡大する恐れもある。
このような健康に直接影響がある重大な事項は、通知すればそれだけいいというわけではなく
指導の徹底やチェック体制を抜け目なく万全にしておかなければならない。
国は、即刻全頭検査など消費者が安心できるシステムを構築する義務がある。
出荷した農家は当然被害者であるが、今加害者扱いされている。
震災直後で混乱して通達を知らなかったり、見過ごしてしまった責任があるとして。
ただ決して忘れてはいけないのは、原発事故がなければこのようなことはなかったということ。
次から次へと新たな問題が沸き起こる原発事故関連。
これ以上被害が拡大せず、一刻も早く事態が収束に向かうことを願っている。
脱原発宣言 2011年7月17日(日)
プロパガンダ & ポピュラリズム
先日、ついに管総理が記者会見で脱原発依存の方針を表明した。
方針自体は大賛成であるが、思いつきや場当たり的な発言が多い首相だけに疑問も残る。

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震災から4ヶ月以上経った今になっての宣言だが、対応が非常に遅い。
具体的な数値や将来の代替エネルギー案の根拠を精査していたなら分かるが、そうでもなさそうだ。
その証拠に、根拠や数値、具体策といったものは、何一つ示していない。
まずは総理の考えを発表する場であったのかもしれないが、それならなぜこんなに遅いのか?
ドイツは早々と宣言していた。 この差はなんなのか?
しかも、今回は政府や党の統一見解ではなく、あくまで首相個人の意見だ。
これだけ重大な発言をするにあたり、政府や党との意見調整ができていないため、長期間に渡る
政策や試算、経済や雇用への影響をどれだけ勘案し考慮できているのか、甚だ疑問だ。
当然首相の宣言は重いが、野党だけでなく党内、閣僚からも批判や反対意見が出ている中で
どこまで一致団結できるのか?
一国の長が、エネルギー政策の大転換を高らかに宣言したが、本当に実行できるのか?
いつ、何から、どのように取り掛かるのか? 何十年先に目標をおいているのか?
それらをいつ説明してくれるのか?
さっぱりわからない。
言うだけなら簡単だし、国民受けがいい。
しかし、実行しなければ意味がない。
原発苦で数人の方が自殺している。
このような悲劇が繰り返されないよう、発言に信念と責任を持ってもらいたい。
もし人気取りや延命が第一の目的だったとしたら、到底許されることではない。
プロパガンダ(政治宣伝)やポピュラリズム(大衆迎合)で終わらないよう、次期首相にもしっかりと
引継ぎ、不の影響を最小限にとどめ、長期間に渡り継続していってもらいたい。
反原発 2011年6月16日(木)
新三国同盟
福島の事故後すぐに、2022年までに原発を全廃することを閣議決定したドイツ。
全廃していた原発再開の是非を問う国民投票が行われ、否決されたイタリア。
両国の動向が、今後ヨーロッパ全土、世界各国に少なからず影響を与えるだろう。
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島国日本では、隣国から電力を輸入することは難しい。
欧州諸国と比べ取り巻く環境の違いはあるが、地震、津波の少ない国での相次ぐ反原発宣言。
対して事故の当事者であり、近隣諸国にも放射能汚染の影響を与えかねない状況にある
にもかかわらず、日本では代替エネルギー政策の道筋が一向に見えてこない。
なんにしても危機感、スピード感の乏しい国である。
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ドイツ、イタリアといったら、奇しくも第2次世界大戦で日本と三国同盟を組んで戦い、
降伏した敗戦国同士である。
もしかしたらその時の敗戦というものが、今の反原発の礎を築いたのかもしれない。
戦争と原発。 どちらも人類を滅ぼす可能性のある危険なものだ。
ドイツ、イタリア両国は、敗戦の反省がしっかりと教訓として活かされている証拠だ。
残るもう一つの国は、いったい何をしているのだろうか?
敗戦国に加え、唯一の被爆国、事故の加害国としての日本がこのままでいいわけがない。
言わば、世界で最も原発廃止を訴えかけなければならない立場の国ではないのだろうか?
今こそ、日独伊による反原発三国同盟を組んで、先頭に立って牽引していくべきではないか。
スピーチ 2011年6月13日(月)
村上 春樹
ノルウェイの森、1Q84の著者として知られる作家の村上春樹氏が、先日スペインの
カタルーニャ国際賞授賞式で述べたすばらしいスピーチ。 ⇒ 原稿全文
賛否両論あるが、今多くの日本人が感じている思いを世界に向け発信してくれた。

人間は、いい意味でも悪い意味でも時が経てば忘れていく生き物。
震災から3ヶ月経った今、少しずつ意識が薄れていく中で、改めて深く心に留めて
置かなければならないと痛感させられた。
「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませんから。」
どのくらいの日本人が、真にこの言葉を受け止め、犠牲者の方と約束し、実践できるか?
この一言に、被災地の復興と日本の未来が集約されている気がする。
信 念 2011年6月 5日(日)
目 的
子どもへの被曝量制限引き上げに反対するデモに参加し、電力関連のスポンサーからの
反感を買いドラマを降板させられ、所属事務所も辞めた俳優の山本太郎。
学者として信念を貫き、子どもへの20ミリシーベルトという数値は、到底認められないと
涙ながらに抗議し、内閣官房参与を辞任した東京大学の小佐古教授。
政府や本社の指示に異議を唱え反対し、自らの責任と確固たる判断で海水の注入をし続け
処分を検討されている福島第一原発の吉田所長。
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一方、最大の責任者であるにもかかわらず、対応が常に後手に回り二転三転し、事実を
隠蔽し都合の悪いものは撤回させ、責任逃れや保身のための釈明に必死な政府東電。
どちらが信念があり、魂のこもった行動と言えるか?
一番の目的はなにか?
被災者を救い守りたいのか、それともできるだけ責任を逃れ自らの立場を守りたいのか。
先の不信任案決議もそうであるが、信念というものを持っていないのだろうか?
人のために自分を犠牲にできる覚悟があるのかどうか。
その違いがはっきりと表れている気がする。
財 源 2011年5月30日(月)
増税・値上げ
震災の復興財源や原発事故賠償のための消費税増税や電気料金の値上げが
検討されている。
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被災者のためなら協力を惜しまないという国民感情は、今大いにあると思う。
現に全国から数千億円もの義援金が集まっている。
しかし、あきらかに財源が足りないというのは分かるが、政府の具体的な復興策が
見えて来ず、東電のリストラ案も甘いと言わざるを得ない。
事故処理の対応のまずさや情報の隠蔽など不信な点も多く、反省や責任の所在、
今後の対策も全くもって十分とは言えない。
努力はしていると思うが、伝わって来ない。 国民に負担を回すのであれば、今の
段階からしっかりと情報を開示し、もっと具体的な説明をするべきではないか。
消費税を3年間限定で8%にするという案もあるが、これだけ増税が既定路線に
なっている今、一度上げたものを再び5%に戻すとは考えにくい。
震災を利用した将来に亘る消費税増税という腹積もりが納得いかない。
復興財源と社会保障財源は当然別物として考え、それぞれに適正な時期と額があり
慎重に精査し、決断する必要がある。
姑息な手を使わずにはっきりと過去の間違いを認め、歳出を最大限努力した上で
増税の根拠や具体的な数値を説明したなら、国民も納得するのではないか?
そして、選挙ではっきりと主張すべきだ。
足りないものは足りないとして国民全員で協力していかないと国は成り立たない。
誰も自分の子どもや孫にツケを回すことを良しとはしていないし、被災者に十分な
賠償金を支払い、早く復興してもらいたいとも願っている。
ただ、人にお願いをする、負担を仰ぎ協力を要請するというときの誠意というものが
足りない気がしてならない。
震災孤児 2011年5月17日(火)
一人じゃない
今回の震災で両親を亡くしたり、行方不明となっている18歳未満の孤児は
130人以上にもなり、どちらかの親を失った遺児はさらに多くいる。
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周りの大人に心配や同情をされたくないのか、普段はいたって普通に過ごしており
一見立ち直っているかのように見えるが、陰では心に大きな傷を抱えている。
昼間は施設や学校でみんなと笑顔で無邪気に遊んでいるが、夜になると眠れずに
布団に包まって涙し、震えているという。
3.11を境にあまりにも急激に環境が変わってしまい、訳が分からず、現実を受け
入れられないまま、今に至っていると思う。
僕も父親を急に亡くした経験から、直後よりも数週間たって普段の生活に戻り
冷静に現実を受け入れらるようになってからの方が辛かった。
今後、周囲やマスコミなどがある程度落ち着いて、なにげない日常の中で両親がいない
という現実に直面したとき、本当の大きな悲しみ苦しみに襲われるかもしれない。
そのため周りの大人が決して目を離さず、長期間に亘りしっかりとケアをし、このような
境遇の子どもたちをなんとしても守っていかなければならない。
「一人ぼっちじゃないんだ」 ということを一瞬でもとぎらせてはならない。
浜岡原発 2011年5月10日(火)
英 断
最も危険だと言われている浜岡原発の全面停止がついに決断された。
突然の発表に賛否両論あり、様々な問題が残るが、個人的にはこの決断に賛成だ。
夏場の電力不足や地元自治体の交付金、雇用や地域経済の衰退など負の影響も多く
あるが、それらを差し引いても停止すべきだと思う。
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この地域は、巨大地震発生の確率が高く、海に隣接し津波も懸念され、首都東京までの
距離や日本の大動脈である東海道新幹線、東名高速にも近い。
ある本によると浜岡原発が爆発し、放射能汚染が首都圏に広がったら、830万人もの
死者が出るとの試算もある。
もし浜岡原発に重大な事故が起きたら、おそらく国自体が破綻するだろう。
日本の人口やGDPの半数以上を占める東京大阪間が、一種のゴーストタウン化して
しまう恐れもある。 そんなことになれば賠償額、損失額も今回の比ではない。
膨大な数の死者、負傷者、避難者を出し、都市が消滅し、企業の倒産、縮小、日本脱出。
何百年もかけて築き上げたものをすべて失うことにもなりかねない。
それだけのリスクを背負っているのだ。
そこまでの心配は大袈裟で、あまり現実的ではないのかもしれない。 しかし、現に
今回の大震災もあらゆる想定をはるかに超えた考えられない事態が起きている。
国として、一国のリーダーとして、国際社会の一員として、当然これだけのリスクは
避けなければならない義務がある。
中電の総電力量における浜岡原発の割合は、15%程度と決して高くはない。
全面停止しても、昨年の記録的な猛暑時の電力でもギリギリまかなえる計算になるという。
撤廃と言っているのではなく、安全対策が完了するまでの2~3年の暫定的な措置。
これらを鑑み、株主をはじめ利害関係の絡む方にも、どうか理解してもらいたいと願う。
原発停止に賛成する者は、痛みを分かち合い、節電や電気料金値上げに協力しよう。
工場など、経済に影響のあるものは停止させずに、それ以外の部分で一人ひとりが
少しだけ我慢をする。
これまでの明るすぎたネオンを控え、我々中電管轄5県の住民、店舗、会社すべてが
昨年よりエアコンの温度をたった1℃上げれば十分乗り切れる。
安全のため、未来のため、被災者の苦しみに比べたら、実に容易いことではないか?
しかし、一部の人間だけが頑張っても効果は薄い。
大事なのは、とにかく全員、全員が意識をもって実行することだ。
あらゆる反発や批判が予想され、決定した根拠や具体的な基準、今後の対策など
不十分な点も多いが、それでも今回の菅総理の英断に、まずは賛辞を贈りたい。





半 年
東日本大震災から半年が経った。
最近ニュースや特集で報道される頻度がメッキリ減ってしまった。
もちろんこの出来事を忘れた人は誰一人いないだろうが、現在も何か行動を起こしている
人はかなり少なくなってしまったのではないだろうか?
残念ながら、ほとんどの人が一時的な感情に任せたその場限りの行動となってしまっている。
大事なのは、少しでもいいからこの先何年もずっと継続していくこと。
まだまだ何十年という単位で支援が必要だ。
原発の収束や瓦礫の処理、仮設住宅の建設、賠償金の分配など思うように進んでおらず
まだ4,000人以上の行方不明者もいる。
現在も行方不明の家族を毎日探し続け、死亡届を出さず帰りを持ちわびている
被災者がたくさんいる。
にもかかわらず、他の多くの人の意識は早くも徐々に過去の出来事であるかのように
向き始めている。
被災者の苦しみは変わっていないのに、被災を逃れた者は当初より明らかに深刻さが
和らいでいき、他人事感が強まっているのではないか。
先の経産大臣のバカな発言が、そのような意識だということを物語っている。
現地ではいまだに多くの方が避難所生活を強いられており、家族や家、職を失い
自殺や病気、孤独感、絶望感、将来への不安などに苦しんでいる。
先日、家族を失い一人親戚に預けられていた中学生が、耐えきれず妹の遺骨を抱えて
行方不明となっている両親のいる海に身を投じた。
・・・無念。
絆やひとつになろうということが盛んに言われていたが、まだ冷めるには
あまりにも早すぎる。
人間は嫌な記憶は忘れていく生き物。
しかし、当事者ではない僕らは逆でなければならない。
僕らが最低限しなければならない義務、それは被災者に報いるということ。
それには、一つは決してこの震災を忘れないこと。
もう一つは、教訓にするということ。
上辺だけの記憶ではなく、行動を伴った思いをずっと伝えていく必要がある。
J.Nakamura